その翌日、魔法使いは朝タカヒロを探していると、
いつものように野良ネコたちの中に混じって、
楽しそうにしているタカヒロを見つけました。
かけよってタカヒロを抱くと喜びながら言いました。
「今夜お前の家にいくから、これでご馳走を用意してくれ」
こう言って2粒サファイアを渡しました。
養母は市場に出かけると、お花をそろえて豪華なディナーを用意しました。
やがて、ドアをノックする音がしてワインやメロンなどをもって魔法使いが現れました。
魔法使いはタカヒロの養母に挨拶したあと、
「兄貴はいつもどこに座っていたんですか?」
と、涙ながらにたずねました。
養母がそのイスを教えると、彼はいきなりそのイスに口づけしたのです。
「あぁ懐かしい兄者、ワシがいながら兄者を行方不明で失うなんて。
ワシの罪はあまりに重い。どうかワシを許してくれー」
魔法使いは、慟哭しているうちに、しまいには顔がひきつけを起こしました。
この様子をはじめから終わりまで見ていた養母は、
魔法使いをすっかり信用して、
夫の弟に違いないと思い込んでしまったのです。
養母は何とかイスに座らせました。
「兄貴からワシのことを聞いてないのも無理ありません。
なぜなら、40年前にワシはこの町を出てずっと
色々な所をさまよっていたんですから…」
「ここから山を3つ超えた所には奇怪な生きものばかりが住む"逆さ沼"があります。
その沼の雰囲気は最悪で歩いていると一歩ごとに気分が暗くなるんです。
それでですね思いつくままギャグをいって気分を明るくしようとしたら、
逆にすべってしまい、ズブズブ沼に沈んだ。こういうわけなんです。
沼の中で逆さまになったままギャグを言っていたがすべりつづけ、
とうとう地球の裏側のまで沈んでしまったのです」
魔法使いは悲しくて泣いているのか可笑しくて泣いているのか見分けがつきません。
「地球の裏側は天と地が入れかわっていて、
出口から出たときワシは空のかなたに落っこちそうになった。
地上はコウモリの楽園になっていて、ワシは彼らに頼んで洞穴に連れていってもらうと、
そこで1人寂しく30年も暮らすしかなかった。
それでも時々、頭上から宝石が降ってくるのが救いだった」
「ところがある日のこと、ふと生まれ故郷や兄貴のことを思いだすと、
やもたてもなく恋しくなって、帰りたくて帰りたくてどうにもならなくなったんだ。
思えばワシは一体いつまで逆さになって暮らしているつもりなんだ?
宝石をたくさん持っているのに、兄貴にも会えず死んでしまったらどんなに後悔するか分からん。
それに兄貴はネコ好きだから、その日暮らしをしているかもしれん。
それならそうで、行って助けてあげにゃならん。
こう思ったのでワシはすぐ旅支度をととのえて、
仲良くなったコウモリに頼んでこの町まで飛んできたと、こういうわけなんです」
タカヒロは長い話に頭が爆発しそうでした。
ところが、養母は相づちをうちながら真剣に聞き入っています。
「途中、何度も空に落ちそうになったが、力強い生命線をもっていたので無事たどり着いた。
そこで、ワシはさっそく町をあちこち歩き回って、
おとといタカヒロがネコたちと一緒に集会を開いている所をとうとう見つけた。
一目でワシの甥に違いないとピンときた。これぞ運命でしょう」